「9浪はまい」さんに聞く、妥協しない強さと目標達成の秘策。どうして早稲田に憧れたのか。

大学への入り方は色々ある。僕らが当たり前に高校を卒業して、大学に入って、と考えているプロセスは、実は当たり前ではないのかもしれない。

中には浪人をしたり、社会人を経験したり、様々な経緯で大学に入る人もいるのである。

そんな、大学受験。大学受験を語るのに切っても切れない存在が、今回お話を伺う「9浪はまい」さんだ。

早大生、、いや大学生ならきっと一度は名前を聞いたことがあるはず。

そんなはまいさんが、

  • なぜ9浪することになったのか?
  • 早稲田に入学してみて変わったことはあるのか?

知られざるはまいさんの素顔に肉薄した。

「9浪はまい」さんのプロフィール

項目 詳細
お名前 濱井正吾 さん
大学 早稲田大学 教育学部国文科 4年生
SNS Twitter:@hamaishogo1111

インタビュー

はまいさんの大学生活

高山

はまいさん、今回はよろしくお願いいたします。

Twitterでは毎日のようにお見かけするので、個人的に「知らない早稲田生はいないのでは?」と思っています笑

でも実ははまいさんが大学で何を学んでいるかはあまり認知されていないと思っているので、早速はまいさんが早稲田大学で何を学ばれているかを教えていただけますか?

はまいさん

私は教育学部国語国文学科というところで日本の古代から現代までの文学作品の解釈を深ぼったり、当時の時代背景などから解釈を紐解くなどの研究を行っています。

現在はゼミに入り、教材にはあまり使われない

  • 小説
  • 映画
  • ライトノベル

などを国語教育の教材として中高の教育現場で使用しようという提案と研究をゼミ内で行っており、ちょうど今新海誠監督の「君の名は」を古典作品と結びつけて授業で使える教材を提案することをしています。

高山

なるほど、、教育について主に学ばれてらっしゃるんですね。

ちなみに、教材にあえて身近な存在である小説や映画を使用することでのメリットについて、私が思いつく部分では

  • 親しみやすい
  • 興味関心をもってもらいやすい

この辺りがパッと思いつくのですが、実際にはどのようなメリットがあるのでしょうか?

はまいさん

やはり一番は認知につながるのが早い点がメリットですね。

その他に

  • 定着が早くなる
  • 勉強が楽しくなる

と続きます。

楽しい勉強であれば小さい頃から主体的に勉強ができるようになるのではないか?と考え、「楽しくて力がつく教材」を作れるように研究を行っています。

高山

なるほど、、。

僕も自身の浪人経験などから「効率的な勉強法」や、「失敗談を伝える」という観点から教員を目指したいと思ったことがありました。

はまいさんも自身の経験から教育業界に進みたいと思われたのでしょうか?

はまいさん

そうですね。
おっしゃる通りで、昔から教員になりたかったというよりは、浪人期間から教員になりたいと思うようになりましたね。社会人時代、予備校に通って勉強をしていたのですが、正直なところ予備校だけでは真の学力上達に結びつかない部分があると感じました。

自分の場合、長い期間受験のための勉強をしていましたが、大きく伸びて結果につながったのは最後の1年だったんですね。

この1年に何をしたかというと、以前通っていた予備校から京都の市街地にある大きな予備校に転校しました。

今まで通っていた予備校は正直なところあまりよくなく、いい予備校に変えたから結果を出せたという部分がありますね。

高山

あまり良くない予備校というのはどういった感じだったのでしょうか?

はまいさん

予備校は本来勉強方法を教えてもらう場所ですが、自分がもともと通っていた予備校は個人の力に頼る部分が大きかったんですね。

できる人は伸びるけど、できない人はいつまで経っても伸びないという。

「なぜできないのか、なぜ伸びないのか」ということを説明できるノウハウが欠けていて、本質的な勉強ではなく感覚で進めてしまっているような感じでした。

先生は良い方なんですが、勉強方法を教えてもらえなかったんですね。

その時から「教育格差」について考えるようになり、そういった格差を無くし自分のような人を減らしたいと思ったことから事から教育方面に進みたいと思うようになりました。

高山

なるほど。自身が経験しているからこその重みと言いますか、はまいさんが教育業界を目指される理由がよく理解できました。

なぜ9浪の道を選んだのか

高校時代のはまいさん

高山

それではいよいよ、はまいさんの”9浪”の部分を紐解いていきたいと思います。

早速ですが、はまいさんは最初に大学に入られたときのことから少しずつ教えていただいてもよろしいでしょうか?

はまいさん

僕の高校は京都にある「篠山産業高校」という偏差値が40ぐらいの高校で、そもそも大学に行く学生が1割ぐらいという環境から、大阪の産業系の大学に資格を使った推薦で入学しました。

僕と同じように推薦で大学に行った学生が数人いましたが、「大学に行く」という環境ではありませんでした。

高山

大阪の大学での時代はどういった心情で大学生活を送られていたのでしょうか?

はまいさん

あまり言葉はよくないんですが、当時の大学内は授業に至っても学生の話し声がうるさすぎて何も聞こえないようなことが多く、ほぼ成立していないような環境でしたね。

環境的には高校時代と非常に似ていて、そういった中でいじめられていた経験もあり「このまま行くとずっと自分はこういう環境で生きなければいけない」ということにとても危機感を抱いたことを覚えています。

高山

なるほどなるほど。

はまいさん

なのでまずは自分の仮説が合っているかどうかを確かめるために、他の大学の人とも交流してみようと考えて、インカレサークルに入るということをしてみました。

自分が入った「ユースホステルサークル」で、京都大学同志社大学の学生と交流させていただいた時に「自分の仮説は合っているかもしれない、、勉強すればこの世界から脱却できるかも」と思うようになったんですね。

それと同時に、「自分に自信が持てないこの性格も改善するかも」と思い、自分の置かれている環境を変える努力を始めるようになりました。

高山

なるほどなるほど。それで龍谷大学に編入することを考え始めた、、ということなんですね。

はまいさん

そうですね。いくつか大学を受けた中で龍谷大学に受かって編入させていただいた形ですね。

高校時代に受験をした近畿大学にもまた落ちてしまいましたし、関西大学も落ちてしまいました、、

龍谷大学に拾っていただいた感じですね。

高山

なるほど。

龍谷大学に進まれた後、環境も大きく変わるとともに心境の変化もあったと思うのですが、当時の心境としてはいかがでしたか?

はまいさん

そうですね、一番は「いい環境にきたな」と思いましたね。

まず、学生がほぼ黒髪だということにびっくりしまして笑

髪を染めているから悪いというわけじゃないんですが、今までの環境と比較すると驚いて、それが嬉しくもありましたね。本当にそんな感じです笑

そのほかに勉強の面で言うと、「学生同士で勉強の話ができる」ということがすごく嬉しくもあり、同時に少し情けなくなってしまった部分でもありますね。

高山

情けなくなってしまうとは、、?

はまいさん

僕は編入学で入っているので、一般入試で入った周りの学生と学力の面で開きがあるんですね。

そこに気付けた点は大きかったのですが、自分の力不足を感じ情けなくなってしまったという感覚でしょうか、、

高山

その感覚、非常にわかります。

僕も受験においてはスネに傷があるタイプなのでその感覚はよく理解できます。

はまいさん

そうですね、、なので「おそらくこのままではまた自分に自信が持てない生活に戻ってしまうな」と考えてしまうようになりまして、、

僕にとって龍谷大学での2年間は非常に有意義だったのですが、仮面の勉強を始めるきっかけになりました。

当時は生意気にも東大・京大に行きたいと思っていたので笑

高山

「9浪はまい」のスタートは大学1年生の時点から始まっていたんですね。

はまいさん

そうですね笑

ただ、3、4年となると就活もある中で、新卒カードを捨てるのはもったいないから就活をしなければならないのと、中退なんかしたら親にすごく怒られるなと。

当時の僕は親がすごく怖くて、親がいなかったら自分の生活は成り立たないと思っていたので、親に怒られないように生きていました。

自分の意思で生きているというよりは怒られないように生きているという感じでしたね。

なので、最初は「今後も勉強を続けていきたい」ということは隠しながら就活していたのですが、勉強しながら就活なんてうまく行くはずがないので就活も失敗して。

高山

就活だけでも挫折する学生が多いですからね、、。

結果としてはどんな感じだったのでしょうか?

はまいさん

当時は大手ばかり受けていたんですね。「まぐれでも大手を受けたら自分を肯定できるかな」と思った節もあったのですが結局中途半端になってしまって。

証券会社に入ったんですけど、10日で辞めました笑

高山

なるほど、、それは壮絶ですね。

はまいさん

その後、辞めてからは予備校に入って勉強をしつつ、並行して再就職をして、、という感じです。

再就職した後は、昼働いて、夜は勉強してという感じで受験費用を自分で確保しながら勉強を続けていた感じですね。

高山

仕事しながら勉強をする。そのつらさは想像を絶するものがあると思います。

はまいさん

そうですね。とにかく結果を出して親に納得してもらおうと必死でした。

学費は捻出しきれないと思っていたので、親に認めてもらうことが最優先と考えていましたね。

No.1営業マンから早稲田へ

社会人時代のはまいさん

高山

はまいさんの普段の笑顔やTwitterでの発言の裏には非常に大きな挫折や苦悩、そして努力があることをここまでの質問で非常に理解させていただきました。

僕も仕事をしながら学生をしているという立場なので、「勉強と仕事の両立」という点が非常に難しいということは想像に値します。

続いては「はまいさんの社会人時代」についてお話を伺っていきたいのですが、、はまいさんは再就職後、どのような会社でどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

はまいさん

再就職先の会社は「配置薬営業」という仕事が主な業務の会社で、お客様の自宅やオフィスなどに配置薬を置かせていただいて、使った分の料金を払っていただくという業務が中心でした。

高山

なるほど!

救急箱に入ったお薬のようなものですよね。テレビCMで見たことがあります。

はまいさん

ただ、配置薬の金額だけではなく、集金の際に健康食品を売ってその数が営業成績につながる形式だったんですね。

なので、商品をたくさん売ってどんどん売り上げを上げて、最終的には会社で1番の営業成績まで上り詰めました。

会社で1番になれている部分は大きな自信につながっていて、退職前の最後の1ヶ月は178万の売上を達成しましたね。

高山

それはすごいですね!営業成績でトップになることは簡単ではないと思います。

ただそこまで仕事にコミットしていると勉強と両立するのは苦しかったのではないですか、、?

仕事をしている間にも勉強を続けられたモチベーションはどのようなものだったのでしょうか?

はまいさん

まず、諦めようと思ったことは一度もありませんでした。

僕にとって、仕事でお金を稼ぐという行為自体が大学に合格することへのプロセスであるという思いだったので、しっかりと大学がゴールという認識を持ち続けていたことが結果につながったとは思っています。

ただ、優先順位がどうしても仕事になってしまうので勉強が思うようにできず周りの講師の方やチューターの方には「勉強の才能がないからやめろ」と言われてしまうこともありましたね。

高山

なるほど、、、

はまいさん

ただ僕としては「勉強のセンスがないからここにきているんだ」という気持ちでした。

時間がないからしっかり勉強ができていないだけであって、時間をかければちゃんと成績も上がるんだぞってことで負けん気が強かったこともモチベーションになっていましたね。

ただ、1度はめげそうになったこともあって、、

高山

それはどんな時だったのでしょうか?

はまいさん

6浪目の時にセンター試験を受験して39%ほどしか取れなかったんですね。

この数字はとんでもないなと思ってしまって。

本当に自分には勉強の才能がないのではと沈みましたね。

ただ、やはりそのままでは終われないし「今まで何のために仕事と勉強をしてきたんだ」と考えて立て直して、それから最後まで諦めずに続けてきましたね。

高山

なるほど、、、そうして現在のはまいさんがあるわけですね。

諦めずに続けることの重要性をひしひしと感じます。

ちなみに、はまいさんが早稲田大学に入学されたのは2018年だと思うのですが、”9浪はまい”のカウントはどの時点から始まっているのでしょうか?

はまいさん

年齢換算ですね。

27歳で入学しているので9浪で換算しています。よくこの数字については「純粋な9浪ではないだろう」と指摘を受けるのですが、自分としては9年間休まず勉強を続けてきているので、1年目の時点で大学に入学したときの「勉強をもう一度やり直そう」という感情からカウントしています。

高山

なるほどなるほど!

今のお話で”9浪”の意味が腑に落ちた感じがしました。ありがとうございます。

「9浪はまい」への道のり

高山

僕も浪人経験があるのでSNSで浪人生の方々と交流する機会も多かったのですが、なかなか9浪という数字は目にすることがなかったのではまいさんがSNSに登場された際は非常に衝撃的だったことを覚えています。

ここからははまいさんが早稲田に入学後、どのようにして現在の姿になっていたのかという部分について伺っていきたいと思います。

早速で恐縮ですが、はまいさんがSNSなどインターネットに露出するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

はまいさん

Twitterを開始したのは2019年の春ですね。

当時、「バンカラジオ」というYouTuberの方が「多浪トーク」というものを始めていて、そこに出させていただいたことがきっかけです。

日々取り上げられる方は2浪、3浪という方が多い中で、9浪という数字が出てきてしまったので非常にバズりまして、、

高山

それは確かに視聴者側としてもインパクトがありますね、、、

出演しようと決めた決定打ははまいさんにとって何だったのでしょうか?

はまいさん

自分が今までやってきたことについて、誰にも認めてもらうことがなく、、

同級生は「すごい」と言ってくれても、どこか「気を遣われているのでは?」と思ってしまう節もありました。

そこで、YouTubeのコメント欄で忌憚のない意見を聞けるかな、と思ったことが直接的な決定打でしたね。

高山

なるほど。実際に露出した当時のコメントとしてはいかがでしたか?

はまいさん

自分が思うよりも称賛の声が多く「勇気をもらえた」と言ってくださる方もたくさんいまして、、

ここで初めて「自分の経験に意味があったんだ」ということを認識したと同時に救われた気分になりましたね。

高山

勉強や努力の期間が長いほど、報われたと感じた際の喜びは大きいということですね。

そこから、Twitterでの発信や現在につながる活動を始めた形でしょうか?

はまいさん

そうですね。最初の頃は動画を見てくださった方にフォローしていただき、開始から半年ほどでフォロワーが1000人を超えました。

はじめは自虐ネタが多く、今ほど自分の意見を言うという感じではありませんでしたね。やはり炎上が怖いという部分もありました。

今はわりとセンシティブな話題に触れることもありますが、当時はまだまだ怖い気持ちがあり、、。

高山

今と比べるとネガティブな言葉を受けることもありましたか?

はまいさん

そうですね。やっぱりTwitterを続けていくと色々な人と繋がる中で、その中にはアンチな方も出てくるわけですね。

「純粋9浪では無いのに9浪を語るな!」と言ったような言葉は多く受けてきました。

正直自分は複雑な道を辿ってきているので、表面的な部分だけでは伝わらないことも理解していますし、それは叩かれて仕方ないと思っています。

ただ、僕について詳しく知ってもらえればわかってもらえる部分なのでその点は正直割り切ってしまっていますね。

高山

なるほど。僕も先ほどのお話の中ではまいさんの9浪について詳しく伺ったのでその点は非常に納得しています。笑

「9浪の人」として登場することに逆に抵抗はありませんでしたか?

はまいさん

最初の時点で9浪というインパクトは必ずキラーコンテンツになると思っていたので、「9浪といえばはまい」という印象を持ってもらっていることは非常に嬉しく思っています。

自分よりもさらに上位互換の方はたくさんいらっしゃると思うので、「先を越される前に有名になろう」という気持ちがあったので、、、

高山

その思いは確実に達成されていますね笑

多浪と言えばはまいさんというイメージが完全に僕の中でも出来上がっているので、、笑

はまいさん

ありがとうございます。笑

インターネットで活動する際に戦略などはあまり考えていないのですが、一つ意識していることは「人間としての幅を作る」ということですね。

卒業後にどんな道に進むかは決定していませんが、何らかの形で配信やSNSは続けたいと思っているので、「ふざけたことをしながらも、真面目なこともできる」ということを常に考えながら活動しています。

高山

確かに、、、その言葉の意味、普段のはまいさんを見ているとすごくよくわかる気がします、、!

はまいさんのこれまで、これから

高山

では少し軸を変えて、インターネットに露出することで得るもの、失うもの、様々あるかと思いますが、「これからも続けたい!」と思える現在の活動の魅力について教えてもらえると嬉しいです。

はまいさん

そうですね。僕は自分自身でYouTuberの方のように活動する人間ではないので、需要があるところに自分を売り込むという形で現在も色々なところに呼んでいただいています。

認知を増やすことで救われる人が1人でもいるのであれば積極的に続けていきたいと思っていますし、誰かの背中を押すことで自分自身も自己肯定感を生み出す手段になっているとも思っていますので、利他的な部分と利己的な部分の2軸でやらせていただいています。

おかげさまで認知は増えてきましたが、もちろんまだ僕のことを知らない方もいらっしゃると思います。たまに「9浪はまいだ」と話しかけていただける程度にこれからも認知してもらえれば良いなと思っています。

高山

今のお話を聞いて思ったことがあるのですが、はまいさんが「9浪はまい」として活動を始める前の大学生活はどんな感じだったのでしょう?

はまいさんの最初の大学時代と比べてどんな感覚だったのかなと気になりまして、、

はまいさん

そうですね、世代とは関係ないかもしれませんが人間的にしっかりしている方が多かったことですね。

僕が18、19の時は平気で人の悪口を言うようなことがありましたが、当時の自分とは比較にならないぐらいできている方が多くて。もちろん悪口を言ったりする人は僕の周りにはあまりいませんでした。ひたすら尊敬していましたね。

よく「年下と一緒でムカつきませんか?」と聞かれるんですが、ムカついたことは一度もありませんね。

高山

なるほど、、はまいさんにとっても大きく報われたことが今の話からもよく感じました。

はまいさん

そうですね、、ただこのような経験をすると余計に自分が18、19の時に早稲田に来たかったなと思いますね。

年齢的に感覚にもズレがありますし、同じ感覚で青春を送れるかと言ったらそうではないので、、

一緒にお酒を飲んで夢を語ったりとか、普通に恋愛をしたりとか、、、、

高山

それだけはもうどうしようもできないという点が苦しいですよね。

そこからYouTube出演、SNSでの活動などと普通の大学生活では到底経験しないことをされているはまいさんの飛躍の秘密を知りたいです。

はまいさん

僕自身、青春コンプレックスで9年費やしてきた側面もあるのですが、1年生の時は自分が人と明らかに異なる存在であるからこそ感じる疎外感というものが拭いきれず、いまいち居場所が無いという気持ちで過ごしていました。

ちょうどその頃YouTube出演の話をいただいたので、「人生を捨てる覚悟」で捨て身の挑戦をする感覚でしたね。

当時は今ほど気軽にYouTubeに出る感覚が社会全体として浸透していなかったので、実名と顔を出して出演するのは就職も何もかも捨てる覚悟で出演しました。

9浪にしても、YouTube出演にしても人にバカにされることを前面に押し出してやってきたからこそ今があると思っています。

だからこそ、そのチャンスを与えてもらえたことは本当に感謝していますし、ついていた点だなと思っています。

高山

なるほど。人生の選択はなにがどう働くかわからないですからね。

それもまたはまいさんの努力の結果なのでは、、と思ってしまいます。運も実力のうちという言葉があるように、努力すれば運もついてくる気がしますね。

はまいさん

ありがとうございます。

本当にきっかけは突然ですが、せっかく早稲田という環境に来たにもかかわらず居場所を見つけられなかった自分が今、4年生になって周りから「9浪の人だ」という認知をもらえるぐらいにはなったのかなと思っていて、、すごく大学にも居やすくなりましたよね。

人に認められたくて、恥ずかしくて大学にいることができなかった人間が堂々とキャンパスを歩けるようになったので。笑

周りに与えていただいたチャンスのおかげでもありますし、やっぱり活動がある程度実ったのかなと思っています。

自分の居場所を大学に見つけたというのはすごく嬉しかったですね。

あとはTwitterのDMやYouTubeのコメントでも「はまいさんのおかげで多浪へのコンプレックスが薄らいだ」と言ってくれる人がいるので、人の役に立つことができたというのが僕はすごく嬉しいです。

高山

私も勇気づけられた人間の一人なので、すごく感謝しています。

今後、はまいさんが一人でも多くの方にその経験を伝え、そしてさらに勇気づける存在になることを僭越ながらとても楽しみにしています。

はまいさん、今回はありがとうございました。

はまいさん

ありがとうございました!

はまいさんのSNSはこちら

はまいさんについてもっと詳しく知りたい方はぜひTwitterもフォローしてくださいね!

ABOUT この記事を書いた人

Takayama

PenmarkNews編集長/24歳/社会人大学生という形で慶應通信に在籍しています/家庭の事情で進学を断念し、その後資金を貯めて通信生という選択肢を選びました/経験を生かし、大学生をはじめとするZ世代の皆さんの生活がより豊かになる記事をお届けします。
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